少し話を遡りますが、昨年6月13日、妹と白血球の型が完全一致したと妹から連絡があり、妹には大変な負担をかけることへの葛藤と、助かる道が見えたことに安堵しました。
父から連絡をもらった時、「もう大丈夫やからあとはお前がしっかり頑張れ」と強く励ましてくれたことを覚えています。
父と妹が、7月に移植に関する説明を受けるため、関東に来た時に、ふと、伯父(父の兄)のことが気になり元気なのかなと父に質問しました。明らかに言葉を迷ったうえで出てきた言葉が「6月に亡くなった」という言葉でした。
私たち夫婦の結婚式で乾杯の音頭を取ってくれた思い入れのある伯父。丁度、移植ができることがわかった時期に他界されていました。
この伯父の娘さん(私の従姉)も、私と同じく白血病を患い、数年の闘病の末、亡くなられました。
私が小学生の頃の話で、よく遊んでくれた大好きな従妹のお姉さんが亡くなった悲しみに落ち込んだことを覚えています。
私が同じ病気になったことを伯父と話しても、哀しいことを思い出させてしまうだけなので、病気の話は一切するつもりはありませんでした。ただただ、伯父さんと長時間お酒を飲んで話したかった。
子供の頃の印象は、少し伸びたパンチパーマに口ひげを生やした陽気な伯父さんでしたが、ひとたび当時の政治家や経済の話になると、父と酒を交わしながら意見をぶつけ合う姿をよく目の当たりにしました。自分も子を持つ親となり、子供の頃は全くついていけない次元の話にも加わって酒も飲めるようになった。その成長を男として伯父にもどこか認めてほしい気持ちもあったのだと思います。
また正月か来年の盆には会えるからその時に話そうと考えていたのは勝手な思い込みで、滅多にない機会を逸し、叶わなくなった後に後悔の念だけが残る。
父は、最愛の兄をなくし、父なりの後悔に苛まれていたと思います。一方息子である私が治療に専念し前を向くよう励ましてやらないといけない。父の心境を推し量ることはできず、言葉で返すことができず、ただただ涙が出ました。
人間の生命は有限。いつか会えるまた話せる。必ず来るとは言えない先に期待しすぎるのではなく、話せる時にしっかり話す。子供の頃にお世話になり、かわいがってもらった伯父伯母、親類の方々ほどその感謝の意を伝えることができないことが多い。
直接会えぬとも、今は伝える方法が山ほどあります。
ひとまず私は、母方の叔父叔母に手紙を送り、これまでの感謝の意を伝えることにしました。


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