30.移植前処置。過酷な5日間

放射線治療 入院生活

2019年7月31日、移植前処置が始まりました。

まずは、全身放射線治療を3日間、午前と午後に1回ずつ、計6回の治療を受けました。
いったいどれくらいの被ばく量なのだろう。

事前説明では、体内を焼け野原にすると言われたので、装置を目の前にすると、何かの手違いや予想だにしない身体の拒絶反応で、原爆や東海村臨界事故で被爆された方のような症状が出てしまったらどうしようと足がすくみました。

寝台にあおむけになり、胸のところに肺のレントゲンを貼った石板を置いて体を固定され1mmも動けません。
自分の身長分、寝台が投射装置の下を何度も往復するのですが一往復がとても長い。
初回こそ、勝手な想像で冷や汗が出るほど緊張しましたが、投射されている間は身体には何の反応もなく、2回目以降は一往復で寝そうになります。ただ、目の部分を通るときは見開かないといけないので寝れません。
投射装置の下を通るときにガラスにうっすら自分が移るので、その度にグリルの中に入れられた魚みたいだなと考えてしまいました。

という感じで予定通りに全身放射線治療が終わりましたが、吐き気や皮膚表面がひりつくといったよく表れる症状も、この三日間は何も症状はありませんでした。全身の私の造血幹細胞を焼き払うという治療ですから、この後の抗がん剤治療と相まって結果は採血で即現れました。

次に、大量抗がん剤(エンドキサン)大量投与が1日1回2時間、計2日間の投与を受けました。
抗がん剤が、血管の細いところを狙ってくるため、口の中が一番狙われて、全体が粘膜障害、口内炎になるようです。
その対策として、クライオセラピーという口の中をキンキンに冷やすという対策法を抗がん剤投与前に2時間かけて実施しました。
口の外は口を囲むように冷えピタを貼ります。わりと凹凸のある口周りだとすぐはがれるのでテープで固定。
口の中にはずっと氷を含み、飽きてきたらアイスの実に変更して2時間冷やし切ります。夏なのにさすがに毛布をかぶりたくなるくらい寒いです。

冷やしきったらいざ、抗がん剤の大量投与です。もやっとボールとの戦いです。とにかく尿を出しまくらなければいけません。
抗がん剤自体は量を聞いてそんなに大量とまではいかないんじゃないのと思っていたのですが、一緒に投与される生理食塩水?が大量でした。抗がん剤が劇薬すぎるのに量が通常量より多く、長く留まらせないために大量の食塩水も投与されるってことですかね。飲み物もずっと飲み続けたので、2時間の投与終了をまたずに尿意が訪れ、心配しなくても頻繁に尿が放出されました。毎回計測カップ満杯に尿が出ます。尿になにも混じることなく、痛みもなくただひたすら尿がでます。

自分では気付かなかったのですが、顔、首はパンパンに浮腫んでたみたいです。その日からは毎日胸の水圧を測って異常値になっていないか確認されました。

2日間の大量投与が終わり、2日目の夜から強い吐き気が出ましたが、吐き出すことはなかったです。
意識したことは、前処置始まってからも食事はしっかり時間をかけてでも食べきること、横になると消化に悪いので起きている間は体を起こし、1日に一度は、約50メートルの廊下をゆっくり20往復しました。

看護師さんからもあの内容の前処置後にそれだけ食べて動いている人初めて見ましたよと言われたのを覚えています。寝てたり横になっていると余計なことを調べたり考えたりするので、後ろ向きになりそうな状況を作らないようにし、とにかく一日でも早くよくなって子供たちに会いたいという気持ちが私を強く奮い立たせてくれたように思います。
また、暇にならないよう家内がずっと話し相手になってくれていました。病院には必ず人笑い仕込んできて、基本しょうもない笑い話ばかりしていました。家に帰ったらラインで会話。その頃の心情や様々な状況と生活の変化は、ラインのトークに全て記録されています。振り返って見てみると昨日のことのように思い出せます。

移植前の準備は整いました。体調は若干悪いものの、移植が受けられる状態にあるとのご判断で、セカンドバースデーとなる2019年8月6日を迎えることができます。HLA型が完全一致する私にとって奇跡の存在であった妹の到着を待ち、いざ移植へ。

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